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12.31.2008

そろそろ

 2008年も終わり。人並みに感慨深げな気分に。振り返ってみたくなる。
 今年はこころの底から、「健康って偉大だ」と思わずにいられなかった。そういえば昨年の丁度今頃は、自分が膀胱炎になってしまい、まさにこの時間は、後にWが入院した病院の救急外来に駆け込んでいたのだ。病院帰りの車中から見た、某ねずみーらんどで打ち上がっている年明け花火がきれいだったなぁ…。その膀胱炎、治りが非常に悪く、結局2月に入ってやっと完治したのだった。Wのことも言わずもがな、とにかくも、体が元気であるというのは、感謝の対象になりうるのだなと、恥ずかしながらこの年齢になって本気で思えるようになったのだった。
 このブログというツールを使っての、あれこれ文章書き殴りも、年頭から開始した。こころの中で膨らんでいる様々な思いを書き付けていく作業というのは、楽しい半分苦しい半分だった。思いを文章にするという行為は自分にとって、その思いを整理する行為なんだということも改めてわかった。なので、文章にしていない「思い」たちは未だぐしゃっとしていて、グズグズドロドロのままわたしの中で燻っているのだ。行く行くは整理できればいいのだが、と淡い期待を来年に持ち越してみる。
 2007年末から引き続き、ネコたちにも大いに振り回された。なんだかんだで、結局我が家に生息するネコどもは現在6匹。ぎうにうがなかなか里子に出れず、去勢もできておらず。ハハも、うまくいけば里親みつかるかもな、とNと僅かに期待をしていたのだが、どうやらこいつは目が悪いようなので(医者にみてもらったわけではないが)気軽に里親募集をかけられずじまい。「あー。うちの子になっちゃうのかね…」とNもわたしももうやる気ゼロの諦めモード。はぁ。いっそのことネコカフェでも開いちまうか。え。あ。無理か。ネコカフェ訪れるヒトビトって、癒されるのが目的だったな。そうだ。そういえばうちの子たち、ニンゲンを癒す能力皆無だったわ、ぐはははは。
 Wのお供をしつつ、キッズダンスに大ハマリしてしまったのも2008。今わたしのケータイ待受け画面はウェブ上で拾ってきたNちゃんのしゃ・し・ん!いやぁ。先日新木場であったイベントに、このNちゃん見たいがためにN、W引き連れて参ってきたのだが。なんとNちゃんチームは見事バトルで優勝!結果が発表された瞬間、全くカンケーないわれわれが思わず「きゃーーーーーーー!!!!」という歓声。Nちゃん関係者らからすれば、何あいつら的な感じだったろうと思われるところだが、いやいや、嬉しいものは嬉しい。帰り際には我慢できずにNちゃんのお母様らしきヒトにお声をかけてしまった。でもって、この日はまったくもってNちゃんのみが目的で会場に行ったのだが、入場のために列に並んでいたら…あ!え!あれAPE☆MENじゃん!とか、え、え、え、え、え、あの子M3 Mstyleのお兄ちゃんだよね、うわうわ、あの衣装パンツライダーじゃねーーかよーーー!とにわかキッズダンスファンの我々は、萌えに萌えまくらざるをえない光景をいくつも目にしてしまったのだった。あぁぁぁあ、しーあーわーせー………なんというか、またもやWがきっかけでとてつもなくマニアックな世界にはまり込んでしまい、Wには「ありがとう」とか「このやろう」とか複雑な感情を抱いている。

 あぁ。年越える前にアップロードしなきゃ。

12.30.2008

12/13にあったコンテスト

 2度目のコンテストチャレンジ。結果は残念でしたが、彼女たちは本当に楽しそうで、キラキラ輝いておりまぶしいくらいだった。彼女たちのお母さんたちとも初めてたくさんお話したのだが、皆さんWの体のことを非常に心配してくれていたようで、なんとも言えないうれしい気持ちになった。当のWは、前回上げた動画の時よりはイキイキとした動きを見せてくれた。ちょっと胸をなでおろす。だってさー、コンテストよコンテスト。足引っ張ったらやじゃん。












 

コンテスト終了後、解散前のショット。美女に囲まれ幸せW。



その後、W③

 Wについて、スキップしていた部分を詳しく。
 
 Wは10/4に退院した。
 担当の先生の説明によると、各種検査の結果、本来ならば逆流してはいけないパーツ(腎臓から膀胱に伸びている尿管という部位)で、Wの尿は膀胱から腎臓へ逆流しているらしい。逆流が腎臓の炎症の原因になっていたのではということ。そして、逆流箇所からつながっている左側の腎臓は僅かに欠損していた。
 先生の説明をわたしと共に聞いていたWはみるみる顔色が悪くなり、先に部屋に戻り、あろうことかおいおい泣いていた。かわいそうに。しばしわたしも一緒に泣いた。
 退院は、炎症が完全に治まったからできたということであり、根本的な解決はまだなされてはいなかったのだ。入院中に認められたそれぞれの問題症状は、今回の「炎症」にのみ起因していた可能性も否めないということ。腎臓の欠損は今回の炎症で少しばかり傷付いてしまっただけかもしれない、尿の逆流はやはり今回の炎症の後遺症として残っているだけかもしれない…なので、完全に「炎症が無い」状態でのこれらの臓器の撮影が必要となり、そこで同じ症状が認められたら、小児外科を受診することを勧める、と丁寧に説明された。
 
 そして、その再検査が先日、25日にあった。
 
 結果は、入院時と何も変わらず。腎臓は欠けており、逆流も認められた。小児外科のある都内の病院の受診を、年明け早々の9日に予約した。紹介状を書いてもらい、腎シンチの写真と膀胱造影の写真を手渡され、受診の際それらを小児外科の先生に見てもらうよう言われた。
 K先生(女、かわいい)の適切なわかりやすい説明とWへの優しい激励とで、病院内ではそんなに意識できなかったのだが、相当ショックだった。覚悟はしていたはずなのだが、非常にショックだった。溢れそうになる涙を何度も堪えた。その日はクリスマス。街全体が浮ついて華やかで、キラキラしているのに、Wは丸一日病院にカンヅメで非常に痛い検査をされ、挙げ句、結果は喜ばしいものではなかったのだ。どうしてこんなにいい子がこんな目にあわなきゃならないのか。苦しまなきゃならないのか。あまりにも理不尽な出来事のように感じ、怒りさえ覚えた。
 と同時に、自らを責める感情もフツフツと湧いてきた。仮に腎臓の欠損が先天的なものだとしたら、きちんと生んであげられなかった自分が悪いのではないか、とか。4年前の原因不明の高熱時にどうして大きな病院に連れて行かなかったのか、とか。記憶は薄れているが4年前以外にも一度くらいやはり単なる風邪にまつわるものとは思えない高熱を出していたかもしれない。どうして、放っておいたのか…等等、基本属性「自虐」に籍を置くこのわたしが、自分を責めずにいられるわけがない。
 でも。当然だが、そんなことでWの諸症状が消え去るわけではないのだ。あたりまえ。もう誰がなんと言おうと、前を見て毅然と歩いていくしかないのだ。「病気」という事実に「こころ」が負けてはだめなのだ。
 
 帰り道、Wにかけられた言葉。「まぁ、そんなに落ち込むな」と。だよな。一番辛いのはおまえだよな。すまぬすまぬ。この闘い、まだまだ先が見えない遠い道のりになりそうだが、わたしも精一杯努力していくよ。おまえがやりたいことを全うしてしていけるように、わたしも最善を尽くしていくよ。