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3.07.2009

ついさっき


 出会った二人。ぽこちゃんいないかなーと、ふらふらと小さな通りに入り込んだら、いた。あまり幸せそうに見えなかった。涙がこぼれて仕方なかった。なにもできなくてごめんなさいと思った。その場から離れて、なぜかどうしようもなく腹が立って、通りすがりの電柱を殴った。左手の甲に青あざができた。

3.04.2009

花の女子高生

 先日Nが16歳になったのだが、しばしば自分が10代の頃を懐かしんでみたりする。
 いやー。恥ずかしいくらいとんがっていたな。うん。恥ずかしい。今のNの冷静さや論理的思考やらを、ちょいとばかしわけてもらいたいぐらい、感情のまま動いていた。勉強もした。バイトもした。恋もした。喧嘩(主に乱闘)もした。学校は辞めた。そして10代ではなかったが、大好きな友だちに死なれた。
 今も当時とかわらないぐらい、世の中を斜に見てはいるのだが、その頃は「じゃあこう行動しよう」という脈絡のあるアクションがとれなくて、なかなかにはちゃめちゃだった。今思い出すと、もうなんだか自分のことながら、可哀相に…と憐れみの念さえ湧いてくる。
 年齢を重ねて一番よかったなーと感じるのは「しょうがねーな」と諦められることが増えたことかもしれない。こうできることによって、心理的に非常にラクになれた。もちろん「しょうがねーな」と思えないことは山の如しで、おそらく世間的な38歳のおばさんたちと比べたら、怒りに満ち満ちた日々を送っているのだろう。につけても、楽チンになれて、10代の頃に比べれば毎日ウキウキな感じなのだ。そして「しょうがねーな」と思えない状況に遭遇した際に、暴力以外の方法で解決しようと努める丸さも賢さも、年齢と共に備わってくるのだ。歳を重ねるとは、ラクになれるということなのだな(曲解かな)。
 更にこの2年ほどで、また新たにラクになれた。というのも、主に自分の「生」「死」の概念が刷新されたからだ。これには、ネコたちとの出会いが大いに影響している。もちろん、わたしが現在10代ではないからこそ、到達できたのだが。こんなにも日々を楽チンに過ごせるなんて、昔は予想もできなかったわけで、Nと同年齢だった頃の自分を、今思い切り労いたくなる。
 今目の前にわたしのこどもとして存在するNを見るにつけ、「しんどいだろうなぁ」と思う。が、その「しんどさ」を取り除く術は、親と言えども持ち合わせておらず、あくまでもN自信に切り開いてもらうしかないのだ。だが、『大いなる怒り』の矛先は、わたしと同じ方向に照準が合っているようなので、もうしばらくの間はNのしんどいを少しは背負えるかもしれないかな。

3.01.2009

2/27N生誕記念祭


 ぽこちゃん。推定5、6ヶ月。Nの誕生日の日、会社帰りの地元駅で出会った。駆けていく後ろ姿が視界に入ったので、思わず「お、お、ちょっと待っておくんなまし!」と声をかけてしまった。そうしたらば、嘘みたいだけど、止まってくれた。そして振り返って、わたしの目を見て「にーにー」と言った。「お腹がすいてまーす!」と脳内猫語翻訳機が翻訳結果を出した。そうか。腹が減っては…だろうよ。だが、おばさん食い物なんも持ってないのよ。おばさんここから立ち去ったら、あなたきっといなくなるでしょう?「にーにー!」(お腹減ったよー)。わかった!ちょっと待って。今、使える16歳になりたて女子高生呼び出しちゃうから、少しだけ待ってくれ!「にーにー!」(ごはーーーん!)
 小雨が降りしきる冷たい夕闇の中、傘もささずにNは猫ご飯を持って駆け付けてくれた。Nを待っている間わたしは冷たい路上にペタンと座り込み、ぽこちゃんに手を差し出した。そして首筋を撫でた。ぽこちゃんは気持ち良さそうにわたしの手にスリスリしてきた。…う。や、やばい。かわいい。間もなくNが到着。

 帰宅ラッシュの駅構内の片隅で、小さく屈む親子と、がつがつメシをかっくらう小動物。通り過ぎて行くヒトビトからはどんな光景に見えるのだろう…とその場では思うことさえできず、座り込みぽこちゃんに我々は何ができるかを思い悩む。この子は、絶対人慣れして、「ぎ」のつく誰かさんなんかとは比べものにならないくらい優秀な「飼いネコ」になれる!と思うのだが…それ以上の発展的な案は浮かばず。しばらくここに通って、ご飯あげつつ、捕獲のタイミング見計らいつつ、というのが遠回りのようで一番の近道なのだろうな、という結論。が。捕獲はいいが、一体誰がこの子の親になるんだ?え?うち?うちは無理ですよ。無理でしょう、どう考えたって。え?ニンゲンやってできないことはない?は?どの口がそんな大層な夢物語を吐き出せるんだ?…以下永遠ループの独り言。

 ぽこちゃんはたらふくご飯食べたあと、ぴょーんぴょーんてな感じで通りの向こうに駆けて行った。車が通る道をわき目も振らずに一直線で走り抜けて行ったので、非常にハラハラした。


 Nと抱く大いなる野望。ひたすらネコの去勢避妊を施して、完全に数をコントロールしてしまい、ネコ自体の数を激減させてやつらを希少種にしてしまう。でもってうちの子ら高値で売ってやるー。…とかなんとか言いながら、帰路につく。


 今さらですが、Nよお誕生日おめでとう。この母親の元よくぞ16年間道を違わず生きてくれました。ありがとう。が、あれっぽっちのダッシュで筋肉痛というのは、あなたの年齢ではいささか解せないので、ひとまず運動しましょう。

2.28.2009

書いてないですから

 しばらく前にAustralia在住のTから電話。ここをたまに覗きに来てくれているのだけど、ブログのタイトルと更新頻度が呼応しておらぬ…というようなご指摘をうけた。はい。確かに。今月はここが未踏の地となるところだった。なんとか最終日の今日、ログインした。

 実はいろんなことが起こっていた。ぎうにうの去勢が完了。たまなしぎうにう完成。こいつ、病院に連れて行くのが本当に大変だった。前代未聞のヘタレ。病院でキャリーから出されたら、腰がくだけて自力で立てなくなるほど。ヘタレがゆえの攻撃性なんだろうなぁと妙に納得。ハハはなんだかかわいらしいキャラの子になってしまっている。「遊ぶ」という行動を覚えた。じゃらすと遊ぶのだが、おぼつかない様子がなんともかわいい。Wは、手術の有無の決断が先送りに。もう1回検査をしてその結果で判断するらしい。現在所属している選抜チームでの残り日数が僅かとなった。この土壇場で、とてつもないコンテストに出場することが決まった。昨年この大会のジュニア部門で世界一になったチームのコーチが、実はW所属選抜チームのコーチなのだ。昨年世界一のこのチームも、メンバーが多少入れ替わって出場するらしい。その子たちを生で観れる楽しみも!Wには絶対チームの足を引っ張ってもらいたくない。頼むぞ、W。

 やりたいと思っていること。犬猫の処分施設の見学。経験として。ナチスドイツの虐殺と大して変わらないことを、今なお、ニンゲンが行っているという「現実」をこの眼にしっかり焼き付けたいと思っている。命を粗末にしている現場を直視したい。わたし一人でかぶれるものなら、その『罪』の全てをかぶりたい。…なんて感傷的なことを口走ったら、Nに「現実的じゃない」という手厳しいつっこみをされた。

1.26.2009

とある死

 惨い状態だった。近くに散らばる血の痕からみると、出血の量はさほどでもなかったろう。頭蓋を躊躇なく砕かれた感じだった。左目が飛び出していた様子からそう想像できた。
 昨日出先からの帰り道に出会ったねこの亡骸。車にはねられたのだろう。車道のほぼ真ん中に横たわっていた。更に上からほかの車に乗られて、もっと惨い状態になってしまうのはどうしても避けたかったので、道の脇に移動してあげた。そして手持ちのハンカチを上からかぶせた。すぐに保健所に電話するも、業務時間内に連絡しろという非情な録音案内。最寄りの警察に電話し、「かわいそうだからなんとかしてくれ」と懇願する。ニンゲンの死体なら急いでくるだろうに、のらりくらりの対応にいささか腹立たしさを覚えた。くそ。命に差別はないと、誰もがオトナから言われて育っているはずなのに、いったいそんなことを誰が教えて誰が実践しているんだ、この国は。
 迷うことなく泣きながら、動かなくなっている子を撫でながら、口をついて出てきた言葉は「ごめんなさい」だった。Tonoが旅立った時と同じ言葉だった。あまりにも理不尽きわまりない「死」に直面すると、そこから救えなかった自らを責め、そしてその子に詫びることしかできないのだ。ごめんなさい。許してとは言わない。またねこに生まれてきたら、必ず我が家においで。いじわるな先住人(おもにCanto)はいるし、ご飯は固いものしかでてこないが、車にひかれるなんていう、怖くて痛い思いをしなくて済むはずだからね。
 憎むべきは、ひいたことを認識していながら、あの子を置き去りにしていったドライバー。死ねばいい。同じ目に遭って死ねばいい。すぐに死ねばいい。3秒後に死ねばいい。…とわたしが叫んでいたら、Nが「今すぐより、もっと生きたいと希望に満ちている時に死ねばよりいい。例えば、昇進が決まったとか結婚が決まったとかマイホームを買ったとか。自分の将来の希望に満ち溢れている時に死ねばいい」と助言してくれた。いやはや、なんてイヤなやつなんだ。どう育てばそういう悪意に満ちた発想ができるんだ。とは言えども、このNの考えに大いに賛成した。
 亡骸に向かって手を合わせる。涙を惜しみ無く流す。共にいた5人分の「思い」が、あなたに届いただろうか。わたしたち5人は、確実にあなたの「理不尽な死」を悲しんだ。そして、あなたの死を忘れないだろう。


【追記】
同じ場所にいた、Nと橋本学のこころの風景も合わせて読んでもらいたい

Nはこちら

橋本学はこちら

1.17.2009

トーキョー


 



先週末の荒川ほとり。夕闇に包まれる少し前の時間。

1.16.2009

今朝

 しばらくぶりの友人からケータイに留守電が入っていた。メッセージを聞いたのは仕事が終わった夕方だった。Nの幼稚園時代の同級生の弟さんが亡くなったという知らせだった。亡くなったSくんはWと同い年だ。骨肉腫を患い、一年前から闘病していたそうだ。やり切れなくなった。お母さんの気持ちを想像すると、胸が張り裂けそうで、気が狂いそうになった。と同時に、不謹慎だが、Wは死んじゃだめだ!と激しくこころが叫んだ。そして、怖くなった。一刻も早くWの顔が見たくなり、涙を拭いながら、駆足で家路を急いだ。
 うちに着いたら、いつも通りWはわたしを陽気に迎えてくれた。思わず「W、死ぬな。絶対死ぬな」と本人に直接言ってしまった。Wは面食らったようだが、ぶっきらぼうに「夢叶えるまで死ねねーよ」と言った。実は数日前のWのMRI検査の日に、Wの病状が悪化してどうしようもなくなる…という悪夢をわたしは見てしまっていたのだ。
 死んでしまったら、当然、そこからいなくなってしまう。至極当たり前なことなのだが、ものすごく真に迫ってきて、限り無く現実味を帯びてしまい、抗い難い恐怖感に苛まれてしまう。いやだ。絶対Wは死なない。
 そして、ほぼ同時進行で、今生きてることの偉大さや素敵さをかみ締める。あなたがいること、わたしがいること、これは本当に奇跡なんだね。すごいことなんだね。この「感覚」を忘れないでいる。絶対に。


 たまたまおととい決まった今年の目標。本気で生きる。「生」って「死」のその瞬間のための『準備期間』だと去年確信した。将来に備えた保険とか貯金とかは苦手で、むしろ「できねー」と放棄してしまっているのだが。よりよく死ぬための楽しい生へのアイディアは果てしなくでてくる。迷わずどんどん進みたい。



 しんちゃん。あなたの黒目がちなキラキラ輝く瞳は、忘れられないよ。人見知りで恥ずかしがりやで照れ屋さんで、でもお姉ちゃんと一緒にだと思い切り走り回って、遊べたよね。苦しかったね。おつかれさま。またいつかどこかで会える日を楽しみにしているよ。