惨い状態だった。近くに散らばる血の痕からみると、出血の量はさほどでもなかったろう。頭蓋を躊躇なく砕かれた感じだった。左目が飛び出していた様子からそう想像できた。
昨日出先からの帰り道に出会ったねこの亡骸。車にはねられたのだろう。車道のほぼ真ん中に横たわっていた。更に上からほかの車に乗られて、もっと惨い状態になってしまうのはどうしても避けたかったので、道の脇に移動してあげた。そして手持ちのハンカチを上からかぶせた。すぐに保健所に電話するも、業務時間内に連絡しろという非情な録音案内。最寄りの警察に電話し、「かわいそうだからなんとかしてくれ」と懇願する。ニンゲンの死体なら急いでくるだろうに、のらりくらりの対応にいささか腹立たしさを覚えた。くそ。命に差別はないと、誰もがオトナから言われて育っているはずなのに、いったいそんなことを誰が教えて誰が実践しているんだ、この国は。
迷うことなく泣きながら、動かなくなっている子を撫でながら、口をついて出てきた言葉は「ごめんなさい」だった。Tonoが旅立った時と同じ言葉だった。あまりにも理不尽きわまりない「死」に直面すると、そこから救えなかった自らを責め、そしてその子に詫びることしかできないのだ。ごめんなさい。許してとは言わない。またねこに生まれてきたら、必ず我が家においで。いじわるな先住人(おもにCanto)はいるし、ご飯は固いものしかでてこないが、車にひかれるなんていう、怖くて痛い思いをしなくて済むはずだからね。
憎むべきは、ひいたことを認識していながら、あの子を置き去りにしていったドライバー。死ねばいい。同じ目に遭って死ねばいい。すぐに死ねばいい。3秒後に死ねばいい。…とわたしが叫んでいたら、Nが「今すぐより、もっと生きたいと希望に満ちている時に死ねばよりいい。例えば、昇進が決まったとか結婚が決まったとかマイホームを買ったとか。自分の将来の希望に満ち溢れている時に死ねばいい」と助言してくれた。いやはや、なんてイヤなやつなんだ。どう育てばそういう悪意に満ちた発想ができるんだ。とは言えども、このNの考えに大いに賛成した。
亡骸に向かって手を合わせる。涙を惜しみ無く流す。共にいた5人分の「思い」が、あなたに届いただろうか。わたしたち5人は、確実にあなたの「理不尽な死」を悲しんだ。そして、あなたの死を忘れないだろう。
【追記】
同じ場所にいた、Nと橋本学のこころの風景も合わせて読んでもらいたい
→Nはこちら
→橋本学はこちら
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