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3.09.2009

そして、終始ネコ




 ネコネタでしか文章書いてないな、いやだな、と感じる昨今。Nがよく「わたしネコきらいだし」と宣っておるが、その気持ち最近よくわかる。でもってその「きらい」はあくまでも表面的なものであることもわかる。
 ネコというフィルターを通して、ニンゲンの本質をわたしたちは見てしまった。それも、簡単に覆せそうにもない「邪」な部分を。ネコは媒介しただけなのだが、本音としては「そんなもん見せてくれるな、ばーか」という感じか。でもどのみち、わたしたち親子は、ネコを介さずとも、「この星からニンゲンを削除したい(自分含む)」という抗うことのできない、切ない感情に行き着いてしまっていたと思う。 
 極端なのだが、わたしはもう「ニンゲンのため」というこころを7割方捨てた。正直、どうなっても良いとまで考える。もちろん自分含む。にしてもだ。じゃあなんで「ニンゲン」が「ニンゲン」として、現れ、進化し、発展したのかという疑問は一向に晴れないのである。
 「ニンゲンのため」を捨て切れずにいる残った3割は、そういった疑問を晴らすための希望として、温存している。でなければ、わたしすぐに死ななきゃだしな。存在の『意味』なけりゃ消えるべきだしな。
 そして、答えを自分で掴むためには、もう行動するしかない。それも、前述したような10代の頃とは違い、一つ一つ確実に意味とか脈絡とか考えつつ。「人類滅亡」がこの星にとって最善の選択ならば、それは真摯に受け止めねばと思う。だが、まだまだ諦め切れないのだ。
 おおよそ世間的には、健全とは言えないことを考えながらも、なぜか晴々とした心持ちでいる。そこにちなんで、日々苦しかったり悲しかったり頭にきたりはしているのだが、まだわたしには「希望」がある。そこに向かう足はある。ここ数年で一番、前向きですっきりとした心理状態だ。それもこれも、わが家のネコたち、その他に出会ったネコたちのお陰なんだなぁと、本当は地団駄踏むくらい悔しいのだが、認めないわけにいかない。くそー!







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