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3.08.2009

罪人という自覚

 「ネコの避妊去勢の活動やっていると言うと『偉いね』っぽいこと言われるけど、全然偉くないし」とNがよく激怒している。全くもってその通り。善いことをしているなんてこれっぽちも思ったことはない。わたしたちが如何なる心痛や逡巡や罪悪感やらを持ってその行動に携わっているか。平静を装いながら、胸のうちでどれだけ泣き叫んでいるか。謝罪し尽くしているか。よく考えてみれば、明白なのである。規模は小さくとも、これは人為的な生殖コントロールでしかないのだ。尊い生命のバランスを目茶苦茶にしかねない、愚かで破滅的な行為でしかないのだ。
 ではなぜ、そういう当たり前の真実を黙認しながらも、行動せざるを得ないのか。その答えは極めてシンプル。「無駄死に」する子を見たくないからだ。あまりにも個人的且つ感情的な答えで我ながら唖然とする。なんだかな。一番悪いのオレらじゃん?みたいな。でも、巨大な罪悪を背負いながらも、手を出さずにはいられない。死んで地獄に落ちようが、わたしは知らない。地獄?言うならば今わたしが存在する『ここ』以上の地獄があるのか、と。
 カントが縁で知り合えたNさんが、その友人から言われた言葉。「ネコの保護活動?それはあなたが裕福で幸せだからできるのよ」。わたしが友人のバカ夫から言われた言葉。「じゃああさちゃん、うちの周りのネコの避妊去勢も頼むよ」。くそ。こんな隣人が大方である世界が地獄でなくてなんだと言うのだ。
 以前、わが家から出した地域ネコ一号のミケ。昨夜久し振りにマンション敷地内で会えた。バッグの中の缶詰をあげた。聞くところによると、ミケは現在うちのマンションの一階宅の庭に寝床まで獲得しているらしい。心優しいその一階住人の方は、寒かろうと庭に段ボールを出してくれているようだ。うれしい。救われた気持ちになれる。お礼を言いにいきたいぐらい、うれしい。
 今年に入って読んだ本
人類が消えた世界(アラン・ワイズマン)→生きるということ(E・フロム)→沈黙の春(レイチェル・カーソン)

 まだまだ「答え」は出せないのである。

 最後にNのありがたいお言葉。「そんなに去勢するのが偉いなら、わたしは喜んでニンゲンのちん〇切り落としてまわるよ」…はい、皆さん、拍手!!!!!

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