ページ

6.07.2008

バレーボールで鬱払拭

 勝った勝った!日本男子バレー!

 ここ数日夜な夜な、試合観戦に熱く熱くなっていた。視聴のきっかけは、実にくだらない。全日本がイタリア戦の時、Nが散々迷った挙げ句「やっぱりイタリアのイケメンみーちゃお!」とテレビをつけてしまったのが、ことの始まりだった。
 わたしは、テレビが大嫌いで、一切テレビを見ない。うるさいし嘘つくし、そこに時間を費す価値をこれっぽっちも見出だせないでいる。ニュースも見ない。天気予報も見ない。そんなものヤフーと新聞だけで充分まかなえる。ドラマも見ない。嘘っぱちの世界だから。わたしの方がよっぽどドラマチックに生きてるし。本を読んだ方がフィクションは真に迫ってくるし。ドキュメンタリーも、どこで嘘や嘘に近い脚色が入ってるかわからないので、めんどくさいから見ない。…そんなわたしが、CMの音量のでかさも苦にせず、連日連夜2時間もテレビの前に端座しているなんて、そうそうありえることではないのだ。
 「イタリアのイケメンみーちゃお」とまったくもって不純な動機でテレビをつけたのだったが、なんのことはない、あっという間に全日本選手にイケメンを発見してしまい、親子揃ってメロメロになってしまった。いやはや、情けない。いやいや、情けないのは我々親子であって、全日本男子は、断じて情けなくない!
 中学3年間はバレーボールをしていた。わたしが吹奏楽部に入るだろうと目論んでいた両親は、珍しく猛反対した。小学生の時にテレビで見たワールドカップ女子の試合にひどく感動して、以来バレーボールに夢中になった。なので、あの「自虐的スポーツ」(Nがそう言った)の、きつさやもどかしさや嬉しさは、若干ではあるがわたしの体が覚えている。とは言えども、全日本の力の位置が世界の中で下がっていき、わたし自身も全く無関係な所で生きてきて、大幅なルール改正が具体的にどう施されたのかも知らないくらい、ずっと興味の対象になることはなかった。
 昨日のオーストラリア戦。北京に向けての大一番のこの一戦。わたしは、Wのレッスンの付き添いのため、うちでテレビを見れないという事態に陥った。ところが!なんと!驚くなかれ!わたしのケータイは、無駄にワンセグだったのだよ。買った当初こどもらには、「母に一番必要のない機能だ」と大いにバカにされていたぐらい。が!無駄じゃあなかった!参ったか!レッスン待ちつつバレーボール観戦できてしまう現代テクノロジーに感謝しまくった。文明よ、ありがとう。
 最初はイタリアのイケメン見たさだったのが、全日本のイケメンに目移り。そのうち、イケメンじゃない選手までイケメンに映るようになってしまい、「〇〇さんは精神的イケメンだよね」などとNとほざきあう始末。試合に勝ってもらいたいと強く思う。北京に行ってもらいたいと祈るような気持ちになる。得点をするとテレビの前で一緒にガッツポーズ。ミスが出たら「だいじょうぶだいじょうぶ!」とテレビの画面に声をかける。このわたしが、なんの邪推もなくここまでテレビ視聴を満喫できるのは、画面の向こうにいる人々があまりにも一生懸命で、そこに嘘があるはずがないことを、こちらとしても真摯に受け止めずにいられないからだ。むしろ、日頃テレビを「嘘をまくし立てる箱」としてしか認識できなかったのが、バレーの試合を見ている中では、「本当のこと」だけが限り無くリアルに映っており、それが狂おしいくらい胸に迫ってくるほどであった。
 だからといって、わたしの「テレビ」への評価が好転したわけではない。相も変わらず嘘をがなりたてているわけであって、そんなものへ時間を割くほどわたしは落ちぶれていないので、今後もテレビのない生活は続くのだ。ただし、スポーツ中継だけは、その範疇には入ってこないのだなということに気付くことができた。
 北京まで、あと一勝!勝てれば実に16年振りのオリンピックらしい。勝ってもらいたい。行ってもらいたい。そうしたら、わたしはもうしばらく、テレビの前に釘付けになるのだろう。これまた実に、サッカーワールドカップのフランス大会以来となるのだ。(ちなみにその時には、純粋にイタリアのイケメンを楽しんでいた)



 本当は、選手個人名をあげてあーだこーだ書き連ねたかったのだが、そうすると、デレデレでヘロヘロでヨレヨレの、まるでダメなおばさんっぷりを発揮しかねなかったので、やめた。

0 件のコメント: