かなり病んでる感じ。周期的にやってくる「気分」ではあるのだけど、今回はかなり久方振りなので、こういう感覚の適切な処理の仕方を忘れ去っている。だからか、面食らってうろたえている。どんな感じか脈絡考えず書き出してみる。
ニンゲンの「非」の部分しか目に付かない。自分を含む。そして、憎しみの感情が充満する。いつでもどこでも、誰にでも言い掛かりをつけて、殴りかかりたい気分。そしていっそのこと、殴りかかった相手に殴り殺されたい。そんな気分。
ニンゲンは、進化発展していく中で、様々な犠牲をこの星に強いてきた。そのことを考える時に、元気な時には、「その犠牲を軽減するために自分ができること」を考えることができるのだが、今は破壊的なことしか思い浮かばない。かつてNが口にした名言で「ニンゲンは地球の『毒』だ」というのがある。全くもってその通り、毒を駆除しましょう、自分含む、と考えてしまう。自分というニンゲン一人が存在することで、如何ほどこの星を消耗しているのかを想像すると、吐き気がしてくる。
日本という国は、わたしにとってとても生きていくのに苦しい場所だ。弱いものに容赦がないから。協調を重んじ、群れないと行動できない。自分の権利だけは声高に叫ぶことはできるが、他者の権利を受容する度量はない。所謂「フツー」でないと、コミュニティから排除される。あぁ、もううんざり、となる。そしてやはり、元気な時ならば、「〇年後には日本を出る」と具体的な案を思い浮かべそこに向かうことができるのだが、今はてんでダメ。自分の存在地や存在そのものを否定しまくって、自分で自分を追い込んでいる。「こころ」がなくなればいいのに、と思う。
生と死を分かつ決定的なものっていったいなんだろう、と考える。今現存する「わたし」という物質がなくなるのが死ではあるのだけど、では「わたし」という意識はどこにいってしまうのだろう。そんなことも、延々と考えてしまう。
引きこもりたい。でもお金のために仕事いかなきゃだ。そして、「こいつも死ねばいいのに」と胸のうちで思いながら、表面に笑顔を張り付けて一日を過ごさなきゃだ。そんな自分に反吐が出そう。
ずいぶん古い本だが、最近ようやく読み終えた本が一冊。
「戦争の記憶」イアン・ブルマ著
たくさんの人に読んでもらいたいと感じた。
あとは乙一をたくさん読んだ。こんな話読んでるから上がっていかないのかなとも思ったり思わなかったり。でも、おもしろいんだもの。やめられないんだもの。わたしに勧めてくれたNよ、ありがとう。でも、ちょっとだけ恨む。
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