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2.06.2008

ねこ⑤

 H氏の元で、cantoはどんな様子で暮らしていたのだろう。

 H氏はNに、写真つきのcantoの様子の詳細メールを、非常にこまめに送ってくれていた。優しい心遣いに感謝。わたしは、cantoをH氏宅に送り届けた。そして、cantoがキャリーから出てくる姿を一目見てからH氏宅をあとにしようと目論んでいた。だが、でてこない。お腹が減っているだろうから、キャリーの前にえさを置いて誘導してみた。それでも、出てこない。うまくつられて出てきても、すぐにハッと我に返る感じで、キャリーの中に戻ってしまう。相当警戒しているようだ。cantoはノラ時代から、ノラとは思えないほどニンゲンに愛想がよかったのだが、いまひとつ「男のニンゲン」は得意ではなかったのだ。拉致があかない。H氏には非常に申し訳なかったのだが、警戒したままのcantoを放置してH氏宅をあとにした。
 それから何時間過ぎてからだろうか。Nのケータイに「cantoが出てきた」との報が入ってきたのは。辛抱強くじっと待ってくれたH氏、本当にありがとうございました。期限間近になった頃にはすっかり慣れたようで、H氏の座っている膝や寝転んでいる胸の上に乗っかっていき丸くなっていたらしい。それだけ慣れてしまったなら、きっとお別れは寂しかったに違いない。

 H氏宅から我が家に戻ってきた翌々日にcantoは去勢手術をうけた。病院からうちに帰ってきたcantoは麻酔から覚めきっておらず、足取りがおぼつかなかった。わたしの部屋まで連れて行くと、大急ぎで布団にもぐりこんだ。それから一人で眠らせておき、しばらくしてから様子を見るために布団をめくった時。眠くて体もだるいはずだろうに、覗いたわたしに応えて、目を閉じたまま、それはそれはか細い声で「にゃあ」と鳴いた。なんだか胸の辺りが熱くなった。これがこの子の本質なんだ、と感動してしまった。
 真冬に空地に生み落とされたcanto。群の先頭に立って、幼い兄弟のために、とても平和的で友好的な態度でもってわたしたちニンゲンにご飯をねだってきたcanto。この子はありのままの全部を受け入れてなおかつ、受け入れたことに恨みつらみが全くないように感じざるを得なかった。あまりにも主観的で偏った見方かもしれないが。
 同じ「いのち」のはずなのに、わたしはどうなのだろう。便利で満たされた日々の生活が当たり前に感じ、ちょっとした個人的な「面倒なこと」にイライラしたり不平を言ってみたり。…cantoの姿を見ていると反省をせずにはいられない。
 その数日後、ねこべやに戻ったcantoは、notaへの攻撃も減り(たまにある)、みんなと一緒に暮らしている。
 先住犬のmusicaがスタートで、canto,tono,nota,tace,celesteと名前でしりとりをしている。全てイタリア語。そして音楽関連語。名前が先にできて、あとからねこたちをあてがっていったのだが、恐ろしいくらいに名前の意味とそれぞれの個性が一致してしまったのだった。この偶然もわたしのネーミングセンスの一部だと思っていよう。


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