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12.19.2010

引き続き

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給食費・保育料、滞納分天引き 学校・自治体は歓迎も…
産経新聞 12月19日(日)7時57分配信

 ■問題の本質は親のモラル

 滞納した学校給食費や保育料を子ども手当から天引きできる制度を導入する方針を政府が18日に固めたことに、自治体や学校・保育現場からは評価の声が上がった。

 10月に市の税務事務所が、給食費や保育料の悪質滞納者に対する督促もできるように制度を改めたばかりの千葉市の熊谷俊人(くまがい・としひと)市長は「教育、保育現場の負担は大きかったが、欠陥が是正された」と評価、給食費の催促に追われてきた教師も「これで滞納がなくなる」と歓迎した。

 だが本来、給食費や保育料は払うのが当然で、経済的に苦しい家庭には支援制度もある。まじめに支払い続けてきた保護者からは「これまで滞納が許されてきたこと自体がおかしい」「滞納がなくなるとしても、問題の本質が忘れ去られてしまっては困る」という声も上がっている。

 「正直者が損をするような仕組みを改めてほしかった。滞納世帯の給食費は、まじめに支払っている家庭が負担してきたのですから」。山梨県のある小学校教師はこう話す。

 滞納を続ける世帯には学校の教頭や職員らが催促に訪れるが、なかなか支払おうとしないという。この教師は「経済的な理由で支払えないというが、家に自家用車もあるし、親はゴルフにも行っているケースもある」と憤りを隠さない。

 給食費は全国平均で1食約230円、1カ月で4000円程度にすぎないし、低所得層には生活保護などで補助もある。それでも文部科学省の調査では「保護者の経済的な問題」が未納理由の43%を占める。

 だが、滞納に悩まされてきた東京都内の自治体元教育長は「ほとんどの場合、単にほかにカネを使ってしまっているだけ。子供の教育費を優先して支払うという意識がない」と、経済的問題より、親のモラルの問題が大きいと指摘する。

 公立保育園の保育料でも、多くの自治体では所得に応じて金額が設定され、低所得者層の負担は軽減されているにもかかわらず、「払えない」と言い張る世帯が少なくないのが実態だという。

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以上、コピペ。

結局さ、モラルもクソもない、酔って暴力振るうようなおやじに育てられたこどもが今現役で親をやっているわけだから、上記ってば必至の状態なのよね。マジで、うーけーるー。

ちなみに、うち、Wはぜんっぜん学校行ってなくて給食なんて一か月に一回食べるかどうか…な感じなんだが、給食費は払ってる。少ない予算の中で頑張って、仕事といえどもこどもたちのために給食を作ってくれているヒトたちのことを考えたら、ちょっとでも足しにしてもらえたらいいな、と思っちゃうわけだ。

12.18.2010

ほら

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私鉄駅員らへの暴力、60代が最多
読売新聞 12月18日(土)10時31分配信

 大手私鉄の駅員らへの暴力行為が今年度、過去最悪ペースで増えていることがわかった。

 加害者の半数以上は40~60歳代の中高年。全体の約6割が酒に酔ったケースだった。飲酒の機会が多い12月は、暴力行為が最も増える時期といい、全国の私鉄やJR各社は、乗客への啓発ポスターを駅や電車内に掲示するなどして注意を呼びかけている。

 日本民営鉄道協会によると、全国の大手私鉄16社の駅や車内で起きた、駅員や乗務員を殴るなどの暴力行為は2000年度に75件だったが、08年度に約3倍の236件まで増加。09年度も231件だった。今年度は上半期(4~9月)の段階で、前年同期より9件多い124件と上半期過去最悪の件数となっている。

 加害者の年齢は、10歳代3%(4件)、20歳代14%(17件)。一方、40~60歳代の中高年は55%(68件)と過半数で、中でも60歳代は年齢別で最多の23%(28件)に上っている。

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以上、コピペ





ね。おっさんは死ね。

12.17.2010

わたしが

なにも望んでいないはずの学校という場所に、異議申し立てするときは、わけわからんオトナの理屈がこどもたちに押し付けられたときである。それだけは一貫しているのだ。それって、オトナとしてどうなのよ??という時なのだ。

Nが小3の時、同じクラスのNくんが、まだ習っていないセクションの算数の宿題がわからなくて泣いている…と聞いた時、Wが小1の時、同じクラスのMちゃんのお母さんが、一年生の算数のプリントなのに、露骨に点数が書いてあってゲンナリした…と聞いた時。どっちも、NやWはさほど気になってはいなかったようなのだが、よそのお宅のこどもたちのことだったのだが、居てもたってもいられなくなり問いただしに学校に行った。Nが小5・中1の時、「あまりNを頼り過ぎるな。あの子だってみんなと一緒でまだこどもなんだ」と担任を叱ったこともあったっけ。

こうやって学校に、プンプン怒りながら行くのもこれで最後になるのかな。嫌いな学校とも、あと数カ月で縁が切れるのね。感慨深い。なにより、こどもがでかくなるのってあっという間なんだな。

ていうか、Wは卒業式に出るのかな。ま、どっちでもいいけど。

12.16.2010

でもって

本日、教頭校長に、直に話を聞きに行った。一人きりというのもアレなんで、Wにお供させた。それを最初に学校に伝えたら、なんやかんや言ってWを同席させない方向に持っていこうとしているのが窺えたので、「同席だめなら、話は聞かなくて結構。んで、もうWとわたしは今後、●●中学とは一切関係のないところで生活するのでよろしく。そちらも、Wが●●中学の生徒であるという認識を切り捨ててくれ頼む」てな趣旨で返答した。したらば、同席させてもらえることになった。

話を聞く上での焦点は2つ。その施策の目的。そしてその施策を進めることで得られるこどもたちへのメリット、もしくは良い影響、もしくは良い効果。それら2つに絞って臨んだ。

話はほぼ滞りなく進められた。向こうの話も理解できるし、わたしの話も理解してもらえたと感じている。感情的になる場面もなく、淡々と粛々と進められたのでは。

結果、わたしは、その2つの答えを手にすることができたのだが、その答えを得ることで更に、「あーー。学校ってめんどくせーーーー」という思いを深めることになった。

これからニンゲンのこどもを育てる予定のある方には、間違いなく、中学受験をお勧めしたい。私立はお金もかかるしこどもへの精神的肉体的負担も相当量になるだろうし、いろいろ困難なことがたくさんあるだろうけど、公立中学のもどかしいくらいの中途半端さを実感しなくても済むだろう。
でなければ、NやWのように、「行かない」という選択肢も大いに有りだと思う。ただ、そうするには条件がある。学校以外に所属できるコミュニティを持っているということ。なにか一つ、ひたすらに打ち込めるものがあるということ。それらの条件を備えていなければ、逆にこどもたちを不幸にしかねないのかな、とも思う。

幸い、NもWも、中学にほとんど行かずとも、すくすくと育ち、ヒトとのコミュニケーションも問題なくとることができ、ごめんなさいもありがとうも言えて、ニンゲン以外のいのちに謙虚になることもでき、悪を憎み悪と戦う姿勢を崩さず、ちょっとオタクで(いや、めっちゃオタクで)…という本当に良いヒトに育ってくれたと感じている。
学校制度の根本的なテコ入れはお上にやってもらうとしても、その制度に過剰な期待や望みを持たずに対自分のこどもに向かい合うべきではないかな。期待や望みを持つから、万が一の時に学校へ責任転嫁をしたくなるのでは。わたしは、そもそも学校なんて大嫌いだから本気で学校に何も望んでいなかった。にしても、今回の件のように、学校に先生と呼ばれるヒトに「一体どういうこと????」と攻め込んだことは数えきれない。一見矛盾しているようだが、わたしの中では一貫している。




Nが「英語訳せなーーい」と助けを求めてきたので、続きはのちほど…

12.15.2010

めんどくさーい

義務教育現場って一体なんなのさ?という一件に出くわして、片足突っ込んでいる。

わたしは、現行の学校なんていらないと考えている。なので、学校に望むことなど皆無である。行くことで得られるものが何もないどころか、どんどんこどもたちはスポイルされてしまう。お勉強?それは塾の方が一生懸命教えてくれる。人間関係の在り方を学ぶ?そんなもん他のコミュニティーの方が、より健全なものが学べる。友達を作る?学校でしか友達が作れないことの方が問題あるでしょう。思い出作り?過去にしがみつく生き方はいりません。

なわけで、Nが学校に行けなくなった時は、当然Nの主張を支持した。Wもついでに行かなくなっているのだが、学校に行かない方が自分のやりたいことに専念できるようなので、当然「学校に行きなさい」などとは言わない。むしろ「そんなにだらしなかったら学校行かせるぞ」と脅し文句に使ったりする。学校などという場所に期待もないし、希望も抱いていない。

それなのに足を突っ込まざるをえない事態になったのは、その現場にいるオトナの反民主的な言動が伝わってきたからだ。

義務教育現場とは、こどもたちのための現場だよな?こどもたちを置き去って、悲しい思いをさせて、施策だけが勝手に進んで行くってどうなのよ?ほんとに教育に携わるニンゲンて、頭悪いのな。あと、こどもたちのこと知らないのな。わたしのこどもたちが学校に行かない選択をしたのは間違いなかったね。我が子ながら偉いと感じる。

オトナってほんと、いらない。あと、マジで、オトコっていらない。それもおっさん以上は全滅を願う。ただでさえニンゲンはこの星の癌細胞なのに、その中でもオッサンて、どんな最新の抗がん剤も効かないのな。死ね。マジで死んでくれ。

あ。イケメンに限り生きててよし。







ケータイ、水没させました。救出後奇跡的に電源が入ったので、大急ぎでデータをPCに移しました。その中に、ハハのかわいーい写真がありました。いやーーーまじでこの子かわいいーーー

11.09.2010

キッズダンスを取り巻くオトナ②

で、結論として何が言いたいのかというと、世界の全体の七割は腐れオトナで、まともな感覚を持っていてそれをこどもたちに伝達しようとしているオトナは三割に満たないのだな、きっと。ということ。それは多分現代に始まったことではなく、ニンゲンが他の命を、食すること以外で蹂躙し始めた時からずっとずっとそうなのだな、としみじみと感じた。

先にも述べたように、ストリートダンスの世界は、まだまだ歴史が浅い。にもかかわらず、偉そうなオトナがはびこってしまっているのだ。もちろん、敬意を現したくなる、ステキなオトナもたくさんいる。後者のオトナ達が、ダンス界でノビノビと自由に活躍できるよう祈るばかりだ。

自分がオトナになり、オトナの目線でオトナを見ると、これほどまでみっともない生き物なのか、と愕然とする。そして改めて、わたしはわたしのオトナ道を歩いて行こうと、スッキリした気持ちにもなる。





この方と同居を始めて早3年。
この方に出会ってから、目に見える風景がものすごく変化した。
良い方にも。悪い方にも。

11.07.2010

キッズダンスを取り巻くオトナ①

…などと、もっともらしいタイトルをつけたところで、ただの愚痴な感じ。

二年前にあるコンテストに出場した際の、主催者の挨拶が非常に印象に残っている。「ダンスなんて、かつては【不良がやること】として括られて、世間的にダンサーなんてけむたらがられていた。でも、今は、こうやってたくさんのキッズがダンスを楽しんで、自分の技術を磨くために努めてくれている。だからこそ、保護者である親御さんにはルールを守ってもらいたい。会場内や会場回りにゴミを捨てたり…なんていう行為は絶対やめてほしい」…という主旨だった。加えて、自分たちは会場入りする時と出る時には、会場回りを清掃していると言っていた。わたしより10以上年下だろうこの代表の男の子が、とても立派に見えた。

こういう些細なことから、社会的な信頼は得ることができるのだろうし、それを失う時もまた然りだ。ストリートダンスの歴史はまだまだ浅い。学生の頃に踊り始めたヒト達がオトナになり、今、必死になって「社会的認知」を得ようと努力している。その姿や言動は、本当に清々しい。


夏にWがソロでエントリーしたコンテストで。最後表彰の際ににジャッジの総評があった。時間がかなり押しているにもかかわらず、彼等はしゃべるしゃべる。しかも、為になることならまだ許せたのだが、彼等の「総評」とやらを聞いてわたしはムカついてムカついて仕方がなかった。まず、とある有名ダンサーの発言で「アニメーションなんて【そんなもんですよ】」(アニメーションとはダンスの一形態)と言い放ちやがった。鼻っから上から目線でしか話さないそいつに客席から「お前何様のつもりだ」と叫んでやりたかった。本当に腹が立った。以前にも書いたが、わたしは偉そうな奴が大嫌いだ。更に、歴史が浅いストリートダンスの世界で、皆がその地位向上やら社会的貢献の点で頑張っている中で、こういう偉そうな奴がきっといろいろブチ壊すんだという所にまで思いが至り、未だに思い出すだけで、ネットで偶然そいつの顔を見るだけで、怒りが沸いて来る。そいつが、ジャッジショウで踊ったのだが、うまいけど、だから?というパフォーマンスでしかなかった。ジャバやポレオやクエストやビートやリクエストやらのパフォーマンス研究して出直してこい!!!!と、偉そうに説教の一つもしたくなる。
そして、他のジャッジも大したコメントは残さなかった。皆口を揃えて言うのは「あれこれやりすぎずに、ひとつに絞れ」みたいな内容のことだった。一理あるのだが、それを未来にたくさんの選択肢が揃っているキッズ達に押し売りするのは甚だ疑問だ。小学生に「算数だけやりなさい」とは、どんなバカオトナでも言わないだろう。それと同じだとわたしは解釈する。ジャズもやってロックもやって、ポップやワックもできて、更にはブレイクもできて…そういうダンサーの方が視野が狭くならずに全体を見渡せて、その上表現力も増すのではないかと考える。もし本当にひとつに絞るのなら、オトナになってからでも遅くはないのでは。例えば、ジャズピアニストでも、下敷きにクラシックピアノの経験があるプレイヤーの方が断然音色に深みがあると感じるし、楽器への愛も、音楽全体への愛もこちらに届いてくる。
とにかく、未来からの宝物であるこどもたちに、うすっぺらい偏狭な考え方を押し付けないでもらいたい。この子たちは、いずれあなた方を踏み台に羽ばたいていくのだ。飛び立つその羽根に、バカな細工を施さないでくれと言いたい。

9月。Wが参加したソロバトルのゲストショウで、中学生女の子二人が「mother ○ucker」という歌詞で中指立てた。わたしはフリーズした。で「サイテー」とつぶやいた。もし彼女たちが、その意味を知っていて、敢えて自分たちの意志でその振りを入れたのならば、それで不快な気持ちになるヒトがいることを承知で責任とってちゃんとケンカする腹積もりで演技していたなら、まだ許す。だって若者ってそういう生き物だからね。が。指導者がいて、意味伝達も正しく行わずにこの子らにこの振りを与えたのなら、わたしがこの指導者のオトナを糞扱いしてもなんら問題ないだろう。この件については、このイベントの主催者(実は一番最初に書いた男の子)に、モンスターペアレントばりに抗議した。こういうものが「かっこいい」と思っている奴が、未だにいるのな。恥ずかしい。というか、じゃあこどもらにやらせないで、自分でやれよ。頭にきて、会場を後にした。

11/3に開催された、有名なコンテストの東京予選。主催者の方がマナーの悪いオトナに憤慨していた。わたしはこの方の意見に激しく同意する。ストレートにその怒りをぶつけ問題提起している姿は美しく映り、非常に好感が持てる。

間もなくWは「キッズ」とか「ジュニア」とかいう部門から完全卒業となる。ここからが、いよいよ本番だ。わたしとしては、あまりでしゃばらないよう留意せねば。