二人目で男の子。かわいくて仕方がなかった。おまけに小さい頃からそこそこ体が弱くて、わたしとしては常に体の状態が気に懸り、手も口もいっぱい出して育ててしまった。…原因はそこだけに求めることはできないだろうが、そうこうして、なんだかフワフワしていてユラユラしていて、良い意味でも悪い意味でも、何事にもテキトーなWが現存している。
が、幼い頃からとても穏やかで優しい子だった。
まだ1歳に満たない頃。当時3歳だったNをこっぴどく、かなり理不尽に叱り飛ばしていた時。Wはハイハイで駆け寄って来て、わたしとNの間に割って入り、わたしを睨み付け言葉にならない唸り声をわたしに投げ付けた。明らかにわたしを責めていた。そして泣いているNに向き、Wは心配そうにNの顔を覗き込んだのだった。
幼稚園を卒園の直後、だいすきだった担任の先生が園を離れてしまう離任式では、人目もはばからず、Wは「さびしい」と言って大号泣した。
小学校3年の授業参観。教室に到着したわたしの姿を見つけるや否や、「おかーさん!」と嬉しそうに走り寄ってきてわたしに抱き付いた。近くにいた同級生に「W、こどもみたい」と半ばからかわれるが、Wは「だって、こどもだもん!」と毅然と言い返した。
最近、ダンスのオーディションを受けた。その練習のため夜スタジオに行った帰り道「こういうチャンスをくれて、おかーさん、ありがとう」と照れながらわたしに伝えてくれた。
こうして振り返ると、彼は男の子でありながら、実に豊かに、率直に、自分の感情を表現してきてくれた。母親としては、これほど嬉しいことはないと感じる。
Nは常に、わたしが明らかに褒めることができる「結果」を、たくさんわたしの目の前に提示してきてくれた子だったと思う。比較してはいけないのだけど、Wはそういうタイプではなかった。宿題も明日の準備もつい最近まで、わたしに確認されなければできなかったし、朝脱いだパジャマは未だに自分で洗濯カゴに入れないし、お菓子を食べたらゴミは放置、マンガを読んだら片付けない、字は汚い…わたしが小言を言うことができる「結果」を常にもたらしてくれていた。
しかし、幼い頃からの彼の言動をこうやって詳細に思い出すと、日常のだらしなさなんて大したことないよね、と思ってしまうのだ。Nにしてみれば大変おもしろくない話だろう。人間は、できないこともあって、できることもある。この姉弟はこれらが全く正反対なのだから、わたしとすればなかなかおもしろい。
間もなく、Wは小学校を卒業する。面倒な中学生に突入だ。彼はその優しさでもって、いつもわたしに寄り添っていてくれた。Wがこれからもその「良さ」を見失うことがないよう、支援していきたい。パジャマは引き続き、わたしが洗濯カゴに入れ続ける覚悟でいる。
オーディション、受かってるといいね。
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