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1.16.2008

ねこ②




 名前はtono。10/31に星に帰った。

 cantoが我が家にやって来てほどなくしてから、NSさんから連絡が入った。入院していた子が出てくるのだけど、完全に回復していないからしばらく預かってもらえないか…と。

 cantoがいた群れは、わたしたちが群れを見に行くようになったころ、総勢7名で形成されていた。NSさん情報によると、全員同じお母さんから生まれた異父兄弟らしい。NSさん、只者でないのは、近所のねこたちの個体識別だけに止まらず、母親、生まれた月等々、それぞれの「子」の詳細をしっかり認識していることである。ねこたちへの、並大抵ではない大きな愛を感じてならない。その血族のみで作られていた群れに、ある日突然小さなしろねこがやってきた。それがtonoだった。
 血がつながっていない故か、群れの子たちからは、ある程度の疎外や威嚇やいじわるをされていたものの、tonoは非常に逞しく、ふてぶてしいくらいの図々しさでもって、この群れに強引に入り込んできた。群れの子たちも毎日一緒にいると慣れるのか、段々とtonoをいじめることはなくなってきた。
 ある日、群れを見にいくと、明らかに具合の悪そうなtonoの姿が目に留まった。目が、目やにか何かで開きにくそうに見えた。そしていつもなら、食べ物を出すと、群れの先住人たちを押しのけて我先に一目散に駆け寄ってくるのだが、その元気もなくグッタリした様子であった。その日はNと、心配しつつも、そのまま様子のおかしいtonoを残して帰ってきた。
 その翌々日くらいにNSさんから連絡が入り、tonoを病院に連れて行ったのだけど入院する場所がなく、点滴だけ受けて連れて帰ってきたとのこと。が、状態は一向によくならず、見かねたNSさんが、入院のできる違う病院に連れて行ってくれたのだった。

 このような経緯があった上で、急遽、tonoも我が家に迎えることになった。いつも、先手で動いてくださるNSさんのお願いがきけないわけはない。喜んで、この子が、tonoが、元気になるためにわたしたちも手を尽くそうと思った。 
 我が家に迎え入れたものの、tonoは四六時中グッタリしていた。うちに到着したばかりのときは、興奮していたのか、Nの膝にいきなり乗っかってゴロゴロしたり、cantoが高いところにいたら、自分の身の程も考えずに思い切りジャンプし、そして届かず家具の縁に体を打ちつけ落下してみたり、大きくアクションしていたのだった。しかし、食べない。一度だけご飯を食べたのだけど、その直後嘔吐と下痢をし、それから一切食物を口に入れようとしなくなった。そしてただひたすら気だるそうに横たわっているだけのtonoしか見ることができなくなった。
 心配になり、再び病院へ連れて行った。即、入院となった。その日の夕方様子を見に病院へ行った。いろんな検査をしてくれたのだけど、原因が全くわからない。実は体温も相当高かったみたいだ。が、わたしの目にtonoは、ほんの少しだけどうちにいた時より元気そうに映った。根拠のない「だいじょうぶ」で、胸の中をいっぱいにしておかないと、やりきれなかったからかもしれない。翌日も会いに行った。しかし、退院させてもらえなかった。獣医さんが言った「状況としては、厳しいです」という言葉を、あまりにも軽く受け止めすぎていた。帰り際、頭を撫でるわたしを、左右色の違うそれはきれいなオッドアイで、真直ぐに刺さるような眼差しで射抜き、「にゃあ!」と大きな声で鳴いた。

 その時が、動いているtonoを見たのが最後だった。

 全世界を恨んだ。憎しみで、こころが潰れそうになった。体の奥のほうから、涙という形で悲しみがとめどなく溢れてきた。人間であることがいやで仕方なくなった。どうして?tonoはあんなに苦しい思いばかり課せられて死ななければならなかったのか。生まれてきて死ぬまで、ずっとずっとずっと一人ぼっちだったtono。あの夜どうしてわたしはtonoを引き取って連れて帰って来なかったのか。獣医さんの言葉をもっと真摯に受け止めなかったのか。
 動かなくなったtonoを迎えに病院に行き、tonoに対面したわたしとNは同時に「ごめんなさい」と謝っていた。

 目に見えるtonoが我が家にいたのはたったの4日間だけだった。しかし、あの子がわたしたちに提示してきたものは深く広い。まだまだ答えの出せそうにないものばかりだ。ただ、ほんの少し出せたわたしたちの答えは、「tonoがいたから、今のわたしたちがある」ということ。わたしたちの中にtonoは生き続けている、ということ。


 そして、「いのち」は素晴らしいということ。
 

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