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5.03.2010

行って来た

 大阪へ。Wのコンテスト。

 ものすごく日程が立て込んでおり、どうなることやらと思っていたのだがなんとかクリアした。この点ではわたし、えらい。

 4/29に西東京の方でバトルがあったのでエントリーをしていた。実質、バトルは初体験。そこそこ緊張しつつ臨む。最初のサークルバトルでは勝ちあがることができ、ベスト16に入ったものの、決勝一回戦であえなく敗退。でも、3人いたジャッジが全員対戦相手を支持して負けた訳ではなく、2対1だったので、負けたもののそこそこ満足。W自身の動きもまあまあよかったし。その対戦相手は結局準優勝だったし。W的にも、悔しいと思いつつ、満足したようだった。

 翌4/30。Wの学校は休ませた。『ダンスのためなら、運動会も欠席』の実績を昨年残しているので、このくらいなんともない。だって、学校で教わることより大事なことがたーーーーくさん学べるのだから。わたしは、休みたくてうずうずしていたのだけど、その週の流れとして休めなそうな空気を早い時点でキャッチ。なので、5/3.4と偶然にも大阪で仕事のH氏が、これまた偶然にも4/29.30、5/1.2と仕事がなかったので、Wと共に先に大阪入りをして、現場を視察してもらえるよう頼んだ。

 5/1。本番。現場に入るまで、誰がエントリーしているのかわからないという大会。控室で練習していると…あ、あれNa☆じゃん。うまくなってるなーすごいなー。この時点でWの顔からリラックス色が抜ける。控室脱出して軽食をとったり水分補給したりして、再び控室に戻り、衣装に着替え練習していると…え?あれ、み☆いちゃん????え?え?まさか、ス☆ローク?????えーーーーーーー!!!!!み☆いちゃんの凄さは、Wも生で何回か観ている。おまけに、ここ最近、コンテストでるとこのス☆ロークかル☆ファーしか勝ってないんじゃないの?ってくらい勝ちまくっているチームだ。Wは完全にビビってしまった(笑)ビビって言葉さえ失ったWに、わたしも怒りの言葉しかかけられない(笑)…今思い出すと、ほんとほんと、親子して変な精神状態に追い込まれていたのがよくわかる。とにかく、Wのビビりっぷりは尋常でなく、昨年アメリカで本番迎える前よりヤバイ状態になっていた。

 結果は、予選敗退。リプレイを観ると、バカ緊張していた割に、そんな悪い踊りではなかった。11組が映像審査に残り大阪のこのステージで踊ったのだけど、Wは完全に【イロモノ】な感じがプンプンしていて、わたしとしては良かった。だって。みんながみんな、かっこいいダンスばっかりやってたら、飽きるでしょうよ!…て、半分慰めにも近いかな。でも、とても良い意味でWは「異質」だったし、チョイスしていた音楽もおもしろかったし、何より今お世話になっているコーチの「イズム」が嫌というほど伝わってきたのだ。師匠への尊敬も感じられた。

 結果を受けて、早めに帰京することに決める。なぜなら。急遽、5/2.3と世界大会出場チーム達の「大会練」に参加して良いというお触れが出たのだ。コンテストがかぶってないのなら、行かない理由は一つも見つからなかった。ただ、問題なのは練習場所。我が家は千葉。練習場所は神奈川。それも湘南。2時間かかる。なもんで、新横浜に宿をとり、あらかじめ練習参加用の諸々準備も整えて大阪入りしていたのだ。会場をあとにし、19時40分頃の新幹線に乗り帰京。わたしの関西滞在時間は24時間に満たなかった…

 昨日今日とWは、湘南の「強化練習」、通称「恐怖練習」に行っている。もう間もなく帰宅するのだが、よく頑張った。本当に。人生でそうそう味わえない程の強力な緊張。そして、これまた人生でそうそう味わえないだろう、鬼のような練習。恐らくこのGW中、日本の中3の中で、一番成長できたのはWではないかと思っている。最大限に労ってあげよう。

 大阪、本番前、Wは「走って逃げたかった。でも走って逃げても疲れておしまいだから、踊ったほうがいいと思った」そうな(笑)

 そして、更に、「今すぐダンスやめたい」そうな!!!!!!(爆笑)

4.25.2010

なんだか

平和な休日。
ちょっと気温が上がったからそう思えるだけか…?




このヒト。ハハなんだが、最近とってもやっはー化していておかしい。らっかと対等に遊んでいる姿は、外ネコ時代の険しいお顔のお母さんの面影は皆無。





でこれは、我が家では唯一の東京出身のらっか。こんなにでかくなってしまった。よく食べてよく遊んでよく出して。毎晩お祭り運動会。顔は大人っぽくなってきたけど、やることなすことあまり子ネコ時代から変わらず。相変わらずフンフン鼻歌歌っている。仰向けで寝るのは、我が家ではこの子だけだなー。





しゅべさん。今日は窓からずーーーっとお空を眺めていました。何回も「何みてるんだろう」と外を確認したのだが、何もいなかった。なので、恐らく、空の流れる雲を眺めているのだろうと…横顔がなんとなく思慮深げに感じられますね。


ところで。Wなのですが、なんと、前回あげた動画のダンスで、とあるコンテストの映像審査通過してしまった!!!やっちゃった!!!大阪行っちゃうんだから!!!……あぁ。緊張する。一人きりで、あいつがステージに上がるのですよ。こわい。でもせっかくなので、うんと楽しんできますー。ほか、誰がきてるんだろう。それも楽しみーーー

4.14.2010

調子乗って

無駄にキレすぎたので、反省してWのダンス動画を(?)
とあるコンテストの映像審査のために録画。音楽編集も振付も自分一人でやったW、ちょっとすごい(多分親ばか、いや確実に親ばか)







いや、成長したねーと親ばか抜きで思えるのは、ここの2年前のWの踊りを見れば明らか。すごいなーこどもって。わたしなんかこの2年で劣化しかしてないよ!!!!

前回記述の補足的な感じ

途切れないですね。乳幼児の虐待死。生まれて間もなく、ひどい仕打ちにあい、挙げ句、殺される。いい加減、ニンゲンにも去勢避妊手術を施しませんか。そうすれば、快楽としてのセックスの結果として、こんな惨い事件はおこらないはず。親に適してないやつが、避妊もせずにセックスしてしまうのが大問題。ニンゲンの知能に満たない見た目ニンゲンに見える「バカ」という名の生き物には、そのくらいの制裁与えるしかないと思いますが。じゃないと、無駄に辛い思いをする命が増えていく一方です。それ以外に良い方法がありますか?誰か具体的なアイデア持っていますか?みなさん、わたしと同じ「ジンルイの淘汰」だと思い喜ばしく感じているのでしょうかね。だとすれば、この虐待した親のことを「ひどい」とさえ思ってはいけません。

もっと言うなら、こういう事件を見聞きして「ひどい」と思いながらは、絶対に、豚牛その他スーパーに並ぶキレイにパッケージされた「肉」を平気で食べることはできないと思うのですが。わたし、間違ってますかね?少なくとも哺乳類は、わたしたちニンゲンと同様の痛みを感じるらしいですから。わたしは、「肉」を仕方なく口にする時、その痛みを想像しながら食します。どうせ売るなら、豚や牛の姿がわかるように売れ!それも消費者の目の前で殺して!と。そうすれば、食する側に自ずと、命に対する責任が生まれるでしょう。

ニンゲンがニンゲンとして、知性を持ち理性を発揮し進化して、到達したかったのは、「ほかの命をないがしろにする」ということだったのでしょうか。世間的な親も学校も、口を揃えて「命は大切に」と言いますが、その言葉に実行が伴うオトナはどれだけいますか?こどもたちは、鋭いです。実行が付随していないオトナを見抜いています。実行がないどころか、見て見ぬ振りしながら矛盾を抱えて、その上で正論かざす馬鹿オトナを、見下しています。でも悲しいかな、こどもはこどものままいられない、馬鹿オトナの模倣をしながらオトナになっていく。我々が育てたかったのは、そんなニンゲンだったのでしょうかね。

わたし、間もなく40歳になるのですが、わかりません。「生きていること」自体が苦しかった時期がありましたが、その頃は、なにがわからないかがわかってなかったんだろうな。きっと。だから「わからないこと」が何なのか、とわかっただけでも進歩なのかもしれません。

でも、わからない。どうして「ニンゲン」が存在するのか。なんのための知性か。ほんとにわかりません。わかるための努力を更に踏み出していこう、と決意を改めざるを得ませんね。

今日は、貧血と胃痛がひど過ぎて、遅刻出勤の上、出社してすぐにとんぼ返りしてきました。わたし、お疲れな模様です。

4.10.2010

最近

保護者の虐待による乳幼児の死亡のニュースが多いですね。
亡くなったその子には何の罪もなく、その子の苦しみを思うと本当に悲しい気持ちになります。
が。もうね、仕方ないんです。現状の日本の大人たちの姿をみていると。こうやって、幼い、「宝物」と言っても過言ではない貴い命が粗末に扱われる【世の中】に、日本人は自ら仕向けてきたとしか、わたしには思えないのです。不正経理で横領、ペット葬儀屋が預かったペット投棄、みんなみんなお金のほうが大事で、「お金が一番!」と口に出さずとも、行動で大人たちは子どもたちに示してきたのですから。子どもたちは、素直に、そんな大人たちの姿を模範としているだけ。

今日、たーちぇの定期尿検査のために、大好きないぶせんせいのところに行ってきました。待合室で待っていると、ミニチュアダックスを連れた家族連れが入ってきました。…入ってくるなり、そのダックス、ギャン吠え。久々に見た!こんなにもしつけられていない「お犬様」を!まぁ、とにかくうるさく吠えまくるので、さすがに飼い主は空気を読んで、そのダックスと外で待っていました。2歳未満の小さな娘さんも一緒だったのですが、なんと!!!その馬鹿親ども、その女の子にダックスのリードを一人で持たせてる!一瞬自分の目を疑いましたね。で、呆れました。その女の子、いやはや、ダックスに負けない勢いで、ギャーギャー喚く。病院の扉をあけたり閉めたり、入ったり出たり…。ああ。もう。ウザいウザいウザいウザい…とずっとこころの中で呪文のように唱えていました。
いぶきせんせいの入り口には5段ほどの階段があるのですが、ダックスのリードを持っていた女の子が、何かの拍子で、階段からころげ落ちたのです……わたし、思わず、笑ってしまいました。正直、ざまあ、と思ってしまいました。2歳に満たない子どもを何故あんなにも野放しにできるのか、そのご両親の神経が本当に信じられませんでした。更に。外で待っていたH氏の話を聞いて驚愕しました。女の子が階段から落ちた瞬間、その父親が母親に向かって「おれのせいじゃない、おれのせいじゃない」と言っていたそうな!!
わたしも一般的には、若くして母親になり、「こどもがこども生んで」とか嫌味の一つも言われてきたものですが、いや、でも、この目の前にいる馬鹿親たちに比べたら、ほんっとに全責任自分でしょいこんで、立派に子育てしてきた!ちゃんと子どもらをしつけてきた!と胸張って言えます。

虐待も放任も、絶対子どもたちを幸せにはできない。…そんな簡単なこともわかってないで、こども作って育ててる親があまりにも多くて、正直愕然とします。虐待親が口を揃えて言うのは「躾としてやった」ということ。放任親にとっては、そもそも、「躾」という概念が全くない。「躾」とは、目の前にいる子どもを、より幸せにするための「道しるべ」だと認識しているわたしは間違いでしょうか?
わたしは、ずっとずっとずっと、大人になんかなりたくない!と思って生きてきました。ですが、Nを生み落した瞬間に、「ちゃんとした大人になろう」と強く決心したことを今でも鮮明に思い出せます。「ちゃんとした大人」というのは、Nを命がけで守れるヒト、その上でNをしつけることができるヒト。20歳ちょい過ぎのわたしでも簡単にわかったことだし、親になるヒトビトはみんなそうだと思っていました。でも、違うんですね。今日目撃した馬鹿親たちはどう見ても40過ぎでしたよ…

随分前までは、虐待のニュースを見ると条件反射のように「吐き気」(比喩ではなく、正真正銘の)がしてきたものですが、最近は「あぁ、また人類の淘汰が起こったのね」と思うようになってしまいました。「命」を大事にできない世の中が、虐待親を責めることのできる資格もなし。虐待を「ひどい!」と言いながら、ペットショップに犬を「購入しに」行く、焼き肉食べ放題の店に食事をしに行ける、おおよそ世間の大人ってその程度で、自らの矛盾にはまるっきり気付いていないのです。本当に、その程度なんです。

NとWには、常日頃から、絶対的に信用できるオトナ以外の言うことは聞かなくて良い、それはもちろん学校の先生も含む、と申し付けています。その点でも、こいつらは、今のところ、順調に育ってくれています。が、恐らく、この子らにとっては益々、生きるのがしんどい「世の中」になるのかなと懸念します。でもでも、せっかくニンゲンとしてこの世に生を受けたのだから、命のために献身しながら生きていってもらいたいです。NとWの親としての、希望。

4.04.2010

気がつけば

もう4月。すっかり放置のこのブログ。え?4月?前回のアップから三カ月経過?やる気ゼロで申し訳ない。

にしても、4月?なに、この寒さ。冗談じゃない、責任者でてこーーーい!もういい。別に、あったかくなんかなんなくても、全然いいもん!このまま氷河期にでも突入しやがれ、ばか。…と、無駄にキレたくなるぐらい寒い。

慌ただしく2010年が進行している。1月に、わたしが引っ越しをした。3月頭には、会社が引っ越しをした。転職したわけではなく、事務所が純粋に引っ越したのだ。引っ越しって、肉体的にも精神的にも、いっぱいいっぱいになることを改めて痛感した。「やらなくてはならないこと」が普段の100倍くらいに跳ね上がる感じがして、なんだか常に何かに追われている感じがしていた。
わたしの引っ越しに伴い、一部のネコが引っ越して来た。ハハとすべ。先住のらっかとの折り合いを考えての人選だったのだが、やはり、そこはネコ。折り合いが正しく軌道に乗るまでは、いやもう大変だった。初めて、威嚇音を発するらっかを見て、あーこいつも曲りなりにネコだったんだなと変な感動を覚えたりもした。意外だったのは、すべの焦りっぷり。いつもドンと構えていて、何事にも動じないネコっぽくないやつなんだが、さすがにテンパって錯乱していた。その姿を見て、本当に申し訳なく感じたり、悲しくなったり。今では腹出して寝そべってゴロゴロ言っているので、一安心。で、引っ越しさせて本当によかったな、と思えるのはハハ。あっちにいる時は、ノータやぎうからの攻撃を避けるために、小さなお部屋にこもりきりで、油断すると我々もうちにいるネコの中にハハをカウントし忘れることが度々。で、今。ヒトの動きに少しビビりながらも、部屋中を闊歩している。適当なものをみつけて、遊んでみたり、らっかと追いかけごっこをしたり。まだ、ヒトに撫でたり触られたりということは嫌みたいなのだが、いずれこの子も撫で撫でできるのでは…と、期待を抱けてしまう。
うちのネコたちの心配が減少するとともに、Wのダンスの日本大会が近付いてきた。昨年、世界大会に間違って行けてしまったので(笑)、今年も行ってやる!と、親のわたしの方が力入りまくり。自主練を提案し、衣装や諸々の打合せ連絡等々、馬鹿みたいに取り仕切って、動きまくってしまった。多分、体質なんだなー。こうした方がいいんじゃん、と思ったら動かないといられないのだ。恐らく、一部の保護者の方にとってはウザかったのではなかろうか。いや、でも、やんないよりやったほうがいいよな、と自らを慰めつつ動いた。
3/27(土)に大会開催。結果は……5位。入賞ならず。世界大会は達成できず。みんな頑張った。パフォーマンス自体は、今までの中で一番良かったかもしれない。だが、やはり、Wのチームに決定的に足りないものが存在したということが露呈したのだ。チームの子たちは、悔しさで号泣していた。その中で一人、涙を一粒も見せずに毅然としていたW。解散して、車に向かう途中、振付師兼メインコーチのTコーチにご挨拶に行き、わたしたちの元に戻ってきた時には、男泣きの大号泣をしていた。我慢していたものが押し寄せてきた感じだった。
Wのチームは入賞を逃したのだが、なんと、妹分である小学生チームは3位に入賞し、アメリカの世界大会を勝ち取ったのだ!!!!すごい!よくやった!うれしい!これから世界大会にむけて、更に激しい練習が待っているだろうけど、君らなら、去年W達が成し得なかった、本選出場絶対できる!ニンジャでカンフーな無茶苦茶な世界観を嫌というほど見せつけてきて欲しい!

Wは、悔し涙が枯れた翌日には、あまりにもひどい通知表を提示された上で、ダンスのことを含めていろいろ生活態度もろもろ、わたしに大大説教された。本人も素直に猛省しており、何につけ、最後には自分が精一杯打ち込んでいる表現活動に繋がっていることを痛感できたよう。春休みに入ってからは、地道にあれやこれやと頑張っている。頑張ってる一環で、DTM作曲したものを念願だったMySpaceにアップしている。聞いてみてもらいたい。

気温が低い割には、なんだか暑苦しいこの数カ月だったな…



前列は晴れやかな表情の小学生チーム。後列は悔し涙のお姉さんチーム。

1.16.2010

2010年ですね

 年も明け、お正月ムードもすっかり彼方に去ってしまっております。そう、わたしも1月4日には出勤しておったし。お正月、なにそれ食えんの、な感じであっという間に日常に戻りました。
 昨年ギリギリに、子ネコを拾ってしまいました。「らっか」と名づけました。まじで落下していたのです。ゆるやかな傾斜のある歩道脇の、店舗と道の隙間に、らっかは落下していました。道と隙間の地面の落差、1.5メートルぐらいあったでしょうか。久々の定時あがりで、半ばスキップしながら会社から駅に向かう途中、かなりしっかりしたネコの叫び声が耳に飛び込んできました。基本、精神的引きこもりのわたしは、一人で外を歩く時は大抵、ききたくも無い外界からの音をシャットアウトするために、イヤホンを耳に突っ込んで、大音量で、Wのチームのダンス音源を聴きながら、脳内でダンス映像を再現しています。が、たまたまその日は、イヤホンを装着していなかったのです。正直「うわー。聞こえちゃった」と思いました。するりと歩道脇の植え込みに体を滑り込ませて、段差になっているところから下を見る。…あ。いる。茶色い毛玉…。「うわー。見つけちゃったよ」と思わないわけはないでしょう。軽くパニック。いや、大いにパニック。
 その後、ものすごい助っ人参上!!!!このmito_and_tanuさん、朝から落下している茶色の毛玉に気付いており、その時既にもう捕獲する算段が考えの中にあったようなんですね。で、茶色の毛玉を確認する前に、オタオタしているおばさん(わたし☆)を確認してしまったわけですから、おそらく心中穏やかではなかったと思います…。わたしならば、「うわ、うぜーな」と思ったと思います…。
 mito_and_tanuさん、颯爽と現れて、わたしに「危ないですよ」と一声かけて、あらあらおろおろとわたしがしているうちに、あっという間にご自身は捕獲器を取りに近くの(と言っても、電車で30分くらいかかる)ご実家まで行くと言い、電話番号を交換して、行ってしまわれました。
 mito_and_tanuさんが戻って来られて、捕獲器をセッティングし、何回か失敗しつつも、茶色の毛玉は無事捕まりました。捕獲器ごと我が家へ搬送。
 一晩うちに泊めて、翌日NとH氏に朝一でいぶきせんせいのところに連れて行ってもらいました。その時の体重なんと900g!うわ!ちっちぇええぇぇ!どっかのデブの約7分の1だな。ひととおりの診察をしてもらい、2,3日せんせいの所でお泊りすることになりました。で、…だ。この子、誰が面倒見る?てことになりますよね。当然。入院している間は、この子はとっても器量がいいし、まだ子ネコだし、絶対に里子に出せる、里親さん見つかる!頑張って探そう!と強く強く決心していました。
 ですが。退院してきたらっかを見たらば、あまりにかわい過ぎる!おまけに、こいつ攻撃してこない!どこぞのぎうのつくやつなんて、子ネコ時代からうちにいるくせに、なでなでできるようになったの結構最近なんだぜ。手を目の前に出すと、おもっくそ爪出して、人の手、ぺしこん!!!って殴ってくれてたんだぜ。お陰で、Nもわたしもしばらく手が、ちょっとあれなぐらい、傷だらけだったんだぜ!…なのに、おまえは、おまえは…なんていい子なの!…と、いとも簡単に、うちの子決定。
 とはいえ、少々風邪気味だったうちの子と、退院後すぐ接触させるのが怖く(子ネコが風邪ひいたら命取り)、H氏宅でお預かりしてもらうことに。今やらっかはH氏のことが大好きになり、H氏も順調にらっかにメロメロになっており、毎日仲良く遊んでしるようです。もうすぐしたら、うちの子たちと合流する予定です。
 いろんな偶然が重なって、わたしたちの元にやってきた、らっか。何人ものヒトに、そのほとんど消えかかっていた命の灯火をもう一度勢いよく燃やしてもらった、らっか。実は、らっか捕獲の際に、らっかのお母さんらしきネコが側にいたのです。ぎう、とかた捕獲の際のハハの姿が脳裏に鮮明に浮かび、あーー、やり辛いと思ったのですが、意外にもらっかの母は、わたしたちをただ見つめるだけだったのです。その顛末を、動物病院でおしゃべりしていたおばさんにちらりと話したら、「あ、それは、『じゃ、そのこよろしくーー』って母ネコは言ってたんじゃないの?」とおっしゃっていました。きっとそうなんだと思います。なぜかわたしも、捕獲現場で、「かならずこの子を幸せにするから」とらっかの母につぶやいていたのですから。
 ともかく、捕獲に甚大なる協力をしてくださいました、mito_and_tanuさん、本当にありがとうございます。らっかは元気で毎日、暴れまくっているようです(笑)その姿は茶色いちっちゃい怪獣の様です。ちなみに体重は1・9キロになりました!


 わたし、今年の目標決めました。

 ネコを拾わない。
 が、死体は可。(→なんとらっか捕獲直後、Nが近所のノラの亡骸を拾ってきた)

 あと、ダイエット。
 わたしじゃなくて、たーちぇ。尿結石再発なんで。