途切れないですね。乳幼児の虐待死。生まれて間もなく、ひどい仕打ちにあい、挙げ句、殺される。いい加減、ニンゲンにも去勢避妊手術を施しませんか。そうすれば、快楽としてのセックスの結果として、こんな惨い事件はおこらないはず。親に適してないやつが、避妊もせずにセックスしてしまうのが大問題。ニンゲンの知能に満たない見た目ニンゲンに見える「バカ」という名の生き物には、そのくらいの制裁与えるしかないと思いますが。じゃないと、無駄に辛い思いをする命が増えていく一方です。それ以外に良い方法がありますか?誰か具体的なアイデア持っていますか?みなさん、わたしと同じ「ジンルイの淘汰」だと思い喜ばしく感じているのでしょうかね。だとすれば、この虐待した親のことを「ひどい」とさえ思ってはいけません。
もっと言うなら、こういう事件を見聞きして「ひどい」と思いながらは、絶対に、豚牛その他スーパーに並ぶキレイにパッケージされた「肉」を平気で食べることはできないと思うのですが。わたし、間違ってますかね?少なくとも哺乳類は、わたしたちニンゲンと同様の痛みを感じるらしいですから。わたしは、「肉」を仕方なく口にする時、その痛みを想像しながら食します。どうせ売るなら、豚や牛の姿がわかるように売れ!それも消費者の目の前で殺して!と。そうすれば、食する側に自ずと、命に対する責任が生まれるでしょう。
ニンゲンがニンゲンとして、知性を持ち理性を発揮し進化して、到達したかったのは、「ほかの命をないがしろにする」ということだったのでしょうか。世間的な親も学校も、口を揃えて「命は大切に」と言いますが、その言葉に実行が伴うオトナはどれだけいますか?こどもたちは、鋭いです。実行が付随していないオトナを見抜いています。実行がないどころか、見て見ぬ振りしながら矛盾を抱えて、その上で正論かざす馬鹿オトナを、見下しています。でも悲しいかな、こどもはこどものままいられない、馬鹿オトナの模倣をしながらオトナになっていく。我々が育てたかったのは、そんなニンゲンだったのでしょうかね。
わたし、間もなく40歳になるのですが、わかりません。「生きていること」自体が苦しかった時期がありましたが、その頃は、なにがわからないかがわかってなかったんだろうな。きっと。だから「わからないこと」が何なのか、とわかっただけでも進歩なのかもしれません。
でも、わからない。どうして「ニンゲン」が存在するのか。なんのための知性か。ほんとにわかりません。わかるための努力を更に踏み出していこう、と決意を改めざるを得ませんね。
今日は、貧血と胃痛がひど過ぎて、遅刻出勤の上、出社してすぐにとんぼ返りしてきました。わたし、お疲れな模様です。
0 件のコメント:
コメントを投稿