保護者の虐待による乳幼児の死亡のニュースが多いですね。
亡くなったその子には何の罪もなく、その子の苦しみを思うと本当に悲しい気持ちになります。
が。もうね、仕方ないんです。現状の日本の大人たちの姿をみていると。こうやって、幼い、「宝物」と言っても過言ではない貴い命が粗末に扱われる【世の中】に、日本人は自ら仕向けてきたとしか、わたしには思えないのです。不正経理で横領、ペット葬儀屋が預かったペット投棄、みんなみんなお金のほうが大事で、「お金が一番!」と口に出さずとも、行動で大人たちは子どもたちに示してきたのですから。子どもたちは、素直に、そんな大人たちの姿を模範としているだけ。
今日、たーちぇの定期尿検査のために、大好きないぶせんせいのところに行ってきました。待合室で待っていると、ミニチュアダックスを連れた家族連れが入ってきました。…入ってくるなり、そのダックス、ギャン吠え。久々に見た!こんなにもしつけられていない「お犬様」を!まぁ、とにかくうるさく吠えまくるので、さすがに飼い主は空気を読んで、そのダックスと外で待っていました。2歳未満の小さな娘さんも一緒だったのですが、なんと!!!その馬鹿親ども、その女の子にダックスのリードを一人で持たせてる!一瞬自分の目を疑いましたね。で、呆れました。その女の子、いやはや、ダックスに負けない勢いで、ギャーギャー喚く。病院の扉をあけたり閉めたり、入ったり出たり…。ああ。もう。ウザいウザいウザいウザい…とずっとこころの中で呪文のように唱えていました。
いぶきせんせいの入り口には5段ほどの階段があるのですが、ダックスのリードを持っていた女の子が、何かの拍子で、階段からころげ落ちたのです……わたし、思わず、笑ってしまいました。正直、ざまあ、と思ってしまいました。2歳に満たない子どもを何故あんなにも野放しにできるのか、そのご両親の神経が本当に信じられませんでした。更に。外で待っていたH氏の話を聞いて驚愕しました。女の子が階段から落ちた瞬間、その父親が母親に向かって「おれのせいじゃない、おれのせいじゃない」と言っていたそうな!!
わたしも一般的には、若くして母親になり、「こどもがこども生んで」とか嫌味の一つも言われてきたものですが、いや、でも、この目の前にいる馬鹿親たちに比べたら、ほんっとに全責任自分でしょいこんで、立派に子育てしてきた!ちゃんと子どもらをしつけてきた!と胸張って言えます。
虐待も放任も、絶対子どもたちを幸せにはできない。…そんな簡単なこともわかってないで、こども作って育ててる親があまりにも多くて、正直愕然とします。虐待親が口を揃えて言うのは「躾としてやった」ということ。放任親にとっては、そもそも、「躾」という概念が全くない。「躾」とは、目の前にいる子どもを、より幸せにするための「道しるべ」だと認識しているわたしは間違いでしょうか?
わたしは、ずっとずっとずっと、大人になんかなりたくない!と思って生きてきました。ですが、Nを生み落した瞬間に、「ちゃんとした大人になろう」と強く決心したことを今でも鮮明に思い出せます。「ちゃんとした大人」というのは、Nを命がけで守れるヒト、その上でNをしつけることができるヒト。20歳ちょい過ぎのわたしでも簡単にわかったことだし、親になるヒトビトはみんなそうだと思っていました。でも、違うんですね。今日目撃した馬鹿親たちはどう見ても40過ぎでしたよ…
随分前までは、虐待のニュースを見ると条件反射のように「吐き気」(比喩ではなく、正真正銘の)がしてきたものですが、最近は「あぁ、また人類の淘汰が起こったのね」と思うようになってしまいました。「命」を大事にできない世の中が、虐待親を責めることのできる資格もなし。虐待を「ひどい!」と言いながら、ペットショップに犬を「購入しに」行く、焼き肉食べ放題の店に食事をしに行ける、おおよそ世間の大人ってその程度で、自らの矛盾にはまるっきり気付いていないのです。本当に、その程度なんです。
NとWには、常日頃から、絶対的に信用できるオトナ以外の言うことは聞かなくて良い、それはもちろん学校の先生も含む、と申し付けています。その点でも、こいつらは、今のところ、順調に育ってくれています。が、恐らく、この子らにとっては益々、生きるのがしんどい「世の中」になるのかなと懸念します。でもでも、せっかくニンゲンとしてこの世に生を受けたのだから、命のために献身しながら生きていってもらいたいです。NとWの親としての、希望。