Wについて、スキップしていた部分を詳しく。
Wは10/4に退院した。
担当の先生の説明によると、各種検査の結果、本来ならば逆流してはいけないパーツ(腎臓から膀胱に伸びている尿管という部位)で、Wの尿は膀胱から腎臓へ逆流しているらしい。逆流が腎臓の炎症の原因になっていたのではということ。そして、逆流箇所からつながっている左側の腎臓は僅かに欠損していた。
先生の説明をわたしと共に聞いていたWはみるみる顔色が悪くなり、先に部屋に戻り、あろうことかおいおい泣いていた。かわいそうに。しばしわたしも一緒に泣いた。
退院は、炎症が完全に治まったからできたということであり、根本的な解決はまだなされてはいなかったのだ。入院中に認められたそれぞれの問題症状は、今回の「炎症」にのみ起因していた可能性も否めないということ。腎臓の欠損は今回の炎症で少しばかり傷付いてしまっただけかもしれない、尿の逆流はやはり今回の炎症の後遺症として残っているだけかもしれない…なので、完全に「炎症が無い」状態でのこれらの臓器の撮影が必要となり、そこで同じ症状が認められたら、小児外科を受診することを勧める、と丁寧に説明された。
そして、その再検査が先日、25日にあった。
結果は、入院時と何も変わらず。腎臓は欠けており、逆流も認められた。小児外科のある都内の病院の受診を、年明け早々の9日に予約した。紹介状を書いてもらい、腎シンチの写真と膀胱造影の写真を手渡され、受診の際それらを小児外科の先生に見てもらうよう言われた。
K先生(女、かわいい)の適切なわかりやすい説明とWへの優しい激励とで、病院内ではそんなに意識できなかったのだが、相当ショックだった。覚悟はしていたはずなのだが、非常にショックだった。溢れそうになる涙を何度も堪えた。その日はクリスマス。街全体が浮ついて華やかで、キラキラしているのに、Wは丸一日病院にカンヅメで非常に痛い検査をされ、挙げ句、結果は喜ばしいものではなかったのだ。どうしてこんなにいい子がこんな目にあわなきゃならないのか。苦しまなきゃならないのか。あまりにも理不尽な出来事のように感じ、怒りさえ覚えた。
と同時に、自らを責める感情もフツフツと湧いてきた。仮に腎臓の欠損が先天的なものだとしたら、きちんと生んであげられなかった自分が悪いのではないか、とか。4年前の原因不明の高熱時にどうして大きな病院に連れて行かなかったのか、とか。記憶は薄れているが4年前以外にも一度くらいやはり単なる風邪にまつわるものとは思えない高熱を出していたかもしれない。どうして、放っておいたのか…等等、基本属性「自虐」に籍を置くこのわたしが、自分を責めずにいられるわけがない。
でも。当然だが、そんなことでWの諸症状が消え去るわけではないのだ。あたりまえ。もう誰がなんと言おうと、前を見て毅然と歩いていくしかないのだ。「病気」という事実に「こころ」が負けてはだめなのだ。
帰り道、Wにかけられた言葉。「まぁ、そんなに落ち込むな」と。だよな。一番辛いのはおまえだよな。すまぬすまぬ。この闘い、まだまだ先が見えない遠い道のりになりそうだが、わたしも精一杯努力していくよ。おまえがやりたいことを全うしてしていけるように、わたしも最善を尽くしていくよ。
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